2月27日の道新より。
パークゴルフの産みの親、前原氏が亡くなられました。それを見て思ったこと…
…ご冥福をお祈りいたします。
そもそもパークゴルフが生まれたのは同氏の活躍でした。
北海道十勝管内幕別町の役場の教育委員会教育部長時代から、1983年にパークゴルフの原型となる競技が生まれました。
2011年からは公益社団法人日本パークゴルフ協会会長として活躍しました。
僕しゅんY12が生まれたのは1990年冬の話。
それよりも前からパークゴルフは始まっていました。
僕がパークゴルフを始めたのは、当ブログを見ているかたなら知っておられるかもですが、1999年のN64ソフトウェア「マリオゴルフ64」なんですよね。
僕は、あまり大会には出ないタイプですが、パークゴルフを通じてやったこととして、自分が調査してブログに紹介したコースは10年以上かけて、執筆時には「510箇所(畳んだパークゴルフ場もあります)」コース調査を行いました。
残念ながら今の北海道のパークゴルフ人口は減りつつあります。仕事のリタイア年齢を上げたり、コース経営の採算が合わないなどで、各地の主な民間経営パークゴルフ場が畳んで行く、などの事例が多数出ています。
東北、関東、北陸などでは次々に新しいパークゴルフ場が出来たりもしていますが、やはり人口の減少とともにプレー人口は右肩下がり的な感じがしていると思います。
ここ最近の僕の体調もあまり良くないですが、春からまた僕は、「たくさん調査した歩くパークゴルフ場図鑑」の主として、今年もまた頑張ろうと思っています。
4月中頃には有給で関東の千葉県にパークゴルフの調査をして、「成田エアポート東雲パークゴルフ場」などを調査する予定でございます。
パークゴルフは本ゴルフと違い、1本のクラブとボールでコースに挑む、お手軽なスポーツであります。
パークゴルフを取り巻く現環境はやや厳しいものがありますが、若い(35歳ですが)僕も含めて継承者である、というのをある程度自覚して、また頑張ろうと、思っていますね。
ぜひ、次の世代にパークを引き継ぎましょう!